| ■ 今月のちょっといい本 |
死の病原体 プリオン著者:リチャード・ローズ 桃井健司・網屋慎哉訳
第一刷は、1998年7月6日だから、少し古い本になります。しかし、最近の狂牛病騒ぎを仄聞するにつけ、そもそもこのプリオンによるとされる病気が、どのような経過により、その姿を明らかにしてきたか、また判っていない点は何なのか?そもそもプリオンとは何なのか?『原子爆弾の誕生』を著し、ピューリッツァー賞と全米図書賞を受賞したノンフィクション作家、リチャード・ローズが、この『感染性の脳がスポンジ化する病気』を、ニューギニア高地のカニバリズムにより、感染する奇病である「クールーKULU」から説き起こし、クロイツフェルト・ヤコブ病や狂牛病まで詳細に解説しているため、最新の医学的知見を理解するバックボーンになりうる価値ある一冊と評価できます。放射線照射や360℃の高温にも耐え、遺伝子を持たない感染性たんぱく質であるプリオンとは、いったい何物なのか?生物学のドグマであるDNAによる自己増殖という基本原則は崩壊したのか?様々の基本的な疑問に答えてくれるとともに、ガイデュシェックやプルシナーなどによる苛烈なノーベル賞レースの実態にも迫っています。例えば、写真の現像に使うハイポを湯にできるだけ溶かし、温度を下げていくと、過冷却と呼ばれる状態になります。そのままではハイポは結晶化しませんが、結晶の種を加えてやると、たちまちのうちに結晶化します。ガイデュシェックによれば、プリオンはこの種結晶のようなものであると言います。正常な生物でも、特に神経系の細胞膜にはたくさんのプリオンが含まれており、これらの正常プリオンはいくつかのコイルが組み合わさった形をなしています。ここへ一部のコイルが解けて、直線状になったプリオンが接触すると、正常なプリオンも次々とコイルが伸びた異常なプリオンに変わっていってしまうようです。正常プリオンは、代謝により容易に分解されますが、この異常な形をしたプリオンは蛋白分解酵素により分解されず、細胞膜を埋め尽くしてしまいます。すると何年後かに異常プリオンが蓄積した神経細胞は破壊され、神経組織に空洞ができてしまいます。これが各種プリオン病の本質であると言われています。では、正常プリオンはどんな役目をしているのでしょうか?実は最近、正常プリオンの機能が一部ですが、判ってきました。細胞にはアポトーシスと呼ばれる「計画的な自殺機能」がありますが、正常プリオンは、このアポトーシスが神経系において、過度に進まないように調節しているらしいのです。
この本の中では、「致死性家族性不眠症」とか「ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群」などのプリオンによる他の難病についても取材していますが、その悲惨さには目を覆いたくなります。いずれにしても狂牛病(伝達性海綿状脳症 Transmissible Spongiform Encephalopathy (TSE))は、決して楽観できない高度な危険性を持っている疾患であることが良く判ります。綿密な取材から導き出された結論は、「自然の設定した古くからの不文律を無視すると、新しい病が発生する。常に生物学的には保守的であれ。」という教訓と思われます。 |
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ただマイヨ・ジョーヌのためでなく著者:ランス・アームストロング 安次嶺佳子訳
これは1999年4月8日付のロイター通信からの情報ですが、アメリカ国防省の研究によれば、世界中で精巣癌(精上皮腫セミノーマseminoma)発生率が増加していると言われています。それによると、1988年では10万人中8.62人の割合で精巣癌が発生したのに対し、1996年では10万人中15.38人の割合に増加しました。研究期間中に軍隊の人たちの体質に変化はなく、むしろ環境ホルモンや遺伝子的な要因について考える必要があるとThompson
博士らは言っています。これはあまり知られていないことですが、実は若年男性が最もかかりやすい癌は精巣癌であり、イングランド、ウェールズ、スコットランド、ノルディック諸国、バルト海沿岸諸国、オーストラリア、ニュージーランド、米国、日本でも癌登録の統計資料で精巣癌の罹患率が増えています。
この原因として、環境ホルモンの影響が強く関与しているのではないかと推定されますが、充分な疫学的調査はまだ行われていません。子供が母親の体内にいたときに女性ホルモンのような化学物質にさらされ、ホルモンのバランスが崩れると、癌のもととなる細胞が生まれやすいという説があります。ランス・アームストロングは21歳で、史上最年少で世界自転車選手権に優勝した超一流自転車選手ですが、25歳のときに、睾丸癌を発病し、気がついたときには、癌は脳と胸に転移し、生存率25%と診断されます。本書は彼が、3回の手術、放射線療法、3ヵ月の化学療法を受け、凄まじい闘志で過酷なリハビリに耐えて、生き残ったばかりか、自転車選手として復活を果たし、1999年と2000年のツール・ド・フランスに個人総合優勝し、シドニー五輪にアメリカ代表として出場する姿を描いています。闘病を通じて筆者が人間的に幅を広げ、人生に立ち向かう姿には感動しますが、それ以上に興味深かったのは、患者に対する明確な告知と彼を支えた医療スタッフの質の高さです。例えば担当した看護婦ラトリースはこう話しかけます。「いつかここでのことは、あなたの想像の産物だったと思える日が来るように祈っているわ。もう私は、あなたの残りの人生には存在しないの。ここを去ったら、二度とあなたと会うことがないように願っているわ。あなたが私を必要なときにはあなたの助けになりたいけど、それが終わったら消えてしまいたいの。そしてこう思ってほしいのよ。『インディアナの看護婦って誰だっけ?あれは夢だったのかな』
」 ランスのカムバックはけっして平坦な道ではありませんでしたが、彼はやり遂げました。本書は癌と闘う多くの人々やその家族に力を与えるでしょう。ちなみにマイヨ・ジョーヌとはツール・ド・フランスで各ステージ優勝者に与えられるリーダーズジャージのひとつです。マイヨ・ベール(グリーンのスプリンタージャージ)、マイヨ・ブラン・ア・ポア・ルージュ(水玉模様の山岳王ジャージ)、マイヨ・ブラン(ホワイトの新人王ジャージ)、そしてチャンピオンの証である黄色のジャージがマイヨ・ジョーヌで、自転車競技の最高峰を制した者に与えられる勲章です。 |
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