| ■ 今月のちょっといい本 |
不安な国 日本 - 福祉の国イギリスから見ると
-著者:マークス寿子
もちろん不安anxietyと恐怖fearは異なります。不安は未来の安定を脅かす原因の正体が明確でないときに生まれ、恐怖は自分を圧倒し、侵す者の顔が見えているのに、有効的または理性的な対処が困難になっている時に生まれる情動を意味します。
今、日本人は明るい安定した未来を信じることができなくなっています。その原因は右肩上がりの成長を、地政学的条件と社会構造の老化、不毛の政治構造が許さなくなったからですが、もうひとつは、我々が望むべき未来の姿を失い、何をしたらいいのか、何をすべきなのか、途方にくれ、立ち竦んでいる状態にあるからです。
待ち構える未来に、言い知れぬ不安を濃厚に探知し、ただ焦燥感に駆られているのが、現在の我々の姿ではないでしょうか。現在、小泉政権は社会保障を犠牲にし、大企業を保護し、カビの生えたレーガノミックスを模倣すれば、デフレスパイラル煉獄への道を避けることができると信じていますが、政権についてから9ヶ月間、日本経済はただ深みに沈みこむだけで、なんら解決の燭光すら見えてきません。18世紀末に於ける産業革命に匹敵するレベルで世界と歴史が変わろうとしているのに、従来型の産業をただ、生き延びさせるだけで、本当に私たちの子供は食べていけるのでしょうか。今、真の意味の"米百俵"の精神で、逼塞した現況を打ち破るには、社会全体の再教育に重点的な投資を行うとともに、高度なデータ通信のインフラストラクチャーを整備し、ゼロエミッションを基盤においた高付加価値産業を築くことが必須です。老人社会でも充分に生き延びていけるための方策は、決して人件費が1/20の中国と労務コストで競争することにはなく、日本全体の人的能力を高めることにしか道はないのだと思われます。イデオロギーに捉われない、真の意味での教育改革を、徹底的な合理性を追求して行うことが大切です。IT技術や対話型データベース、柔軟なインターフェースを備えた人工知能、画像、音声認識技術などを駆使し、学習能力を補完し、個人の能力やニーズに完全にマッチした、完全にインディビデュアルな教育体系を生み出すことが社会を変える最も手早い起爆剤になると思われます。できるだけ苦痛がなく、効果的に学習へのモチベーションを掻き立て、効率的に能力を開発する未来型の高度教育技術を開発できれば、それ自体が、日本が21世紀を生き延びる大いなる糧になります。そして再教育を可能にするためには、収入の低下する研修期間中の生活費や医療費、養育費を保証する必要があります。ダムや橋梁、高速道路ではなく、人そのものへの投資がもっとも必要とされているのが今ではないでしょうか? 著者、マークス寿子は1971年にロンドン大学LSE研究員として渡英、1976年、チェーンストア「マークス&スペンサー」の三代目当主であるマイケル・マークス男爵と結婚、日本国籍を捨て、英国籍と男爵夫人の称号を得た後、1985年に離婚、現在エセックス大学現代日本研究所日本語コース主任を経て秀明大学教授として日英間を往復しています。人種的にはモンゴロイドですが、メンタリティーは80%がイギリス人で、ブレア以降のイギリス福祉制度の視点から、現在の日本を批評します。いわば深部まで日本に精通したイギリス人が、「福祉の国イギリス」から、日本社会の在り方を論じています。「ひ弱な男とフワフワした女の国日本」などで論じた教育論は、本書でも繰り返されていますが、説得力を持って私たちの自省を促します。 「原則も倫理もなく、お金のある者が勝ち、お金のためには何をしても構わないという大人の態度を見て育つ子供たちに何を期待できるだろう。売春を『援助交際』と言い換えて、『自分の勝手にして何が悪い』と開き直る十代の女生徒に親が何もいわないのは知恵でも寛容でもない。」「個人主義は利己主義とは違う。」「ブレア首相の評価が高い第一の点は、ビジョンをはっきりさせた、進むべき方向を指示したということである。言い換えれば、彼の指導に哲学があるということである。」「失業手当を単に『生きていくのに必要な』『働かないで生活できる』収入にしないで、仕事をみつける努力をする人への手当てと定義しなおした‥‥資格のない人、技術のない人にトレーニングを受けることを義務づけ、さらに職を持ってからも、三ヶ月間は手当てを受けたままでいられるようにした。すでにその名前から『失業手当』から『仕事を探している人への手当て』と変えられた。」「今イギリス人は自信を持っている。それは経済が好調であるというだけでなく、自分たちが政府を変え、かつ、その政府のあり方や方針を監視しているからである。」「官僚の汚職と少年のナイフ殺傷事件はつながっている。」「本当に適性を持つ人だけを先生にする。先生の待遇を良くし、優秀な先生には報奨を出す。」等々、至言まさに宝箱という趣です。 |
||||||||||
|