■ 今月のちょっといい本
水曜日の朝、午前三時
著者:蓮見圭一
発行:新潮社
定価:1400円
ISBN-10-450001-1 COO93

題名はサイモンとガーファンクルが1964年に発表し、セールス的には失敗したアルバム(Wednesday Morning, 3am SRCS9854)からか、またはJane St Clair(ジェーン・セント・クレア)が題名を借りて書いたWednesday Morning, 3am(『スター・トレック』の映画化されていない範囲の原作でゲイ・セクシュアルな描写が続く部分です。まさかカークとスポットが深い仲だったなんて、知りたくありませんでした。)にも由来しているものと推定されます。内容は『マジソン郡の橋』系の恋愛告白小説ですが、脳腫瘍のため45歳で生涯を閉じた翻訳家(母)により娘に残された4巻のカセットテープを、娘の夫が書き起こすという設定になっています。1970年の大阪万博を主な舞台に展開していますが、読み終わって冷静に考えると、作者はなにかWho&Where表のようなものを書く前に作っていて、そこにできるだけものになりそうなキャラクターと条件をいくつか組み合わせてはめ込んでから創作した気配が濃厚です。ただ作者のプロフィールが不明なので、あまり断定的なことは言えません。弱々しい印象を与えるにもかかわらず、読後に強い哀切感が残り、失われたチャンス、人、残酷な転機を辿った恋愛などに対する愛惜が心を掴みます。しかし主人公のような女性が実際に身近にいたら、周囲の人間は居心地が悪いのではないでしょうか。私にとっての万博は、もっとエネルギッシュで、喧騒と熱気、埃と疲労感、資本の威圧感と庶民の貧しさが混在した場であったような気がします。あの時、日本人はがむしゃらに働けば未来が開くものと信じていました。カレーライスに初めて生卵をかけて食べながら、突き動かされるような社会のダイナミズムを、奇妙な建築群と様々なギミック(gimmick)の中で確かに感じたような気がしたものです。若さにまかせて無我夢中で恋愛ができるということは、最高の贅沢です。色々な意味で体力と気力がなければできません。コンパニオンのお姉さま方が女神のように見えた日々が懐かしく思い出されます。