■ 今月のちょっといい本
「熊の敷石」
著者:堀江敏幸k
発行:講談社
定価:1400円 ISBN4-06-210635-3 COO93
芥川賞受賞作。奇妙な表題はラ・フォンテーヌの寓話「熊と園芸愛好家」に由来しているらしい。孤独な老人と仲良くなった熊は、老人が昼寝をしている間、いつもわずらわしい蝿を追い払ってやるのであった。ある日、老人が熟睡していると、老人の鼻先に一匹の蝿が止まり、なにをどうやっても追い払うことができなかった。「忠実な蝿追い」は「敷石をひとつ掴むと、それを思いきり投げつけ」、蝿もろとも老人の頭を潰してしまう。無知な友人ほど危険なものはない。賢い敵のほうが、ずっとましである。冒頭の熱い熊の毛皮が蠢いている小道を歩くイメージ、両目を縫い付けられた熊の縫いぐるみ、先天性に両眼を欠如した愛児など、傷ついたむごい情景が淡々と記述されています。古い友人と久しぶりに合う。旧交を暖める筈の邂逅は、友人の抱えるいくつかの『不幸』をなぞる体験になる。自分は級友にとって敷石を投げつける熊なのか?不思議な読後感がある作品。他に「砂売りが通る」「城址にて」。「砂売りが通る」はこの作家の特質を良く表わしていると思われる作品。誰もが持っている、鮮烈な若さの記憶が、何気ない日常の風景から一気に蘇ってくる体験。どこにでもある出来事なのだが、なぜか切ないほどの鮮やかさをもって、二度と帰ることのない過ぎ去った過去への渇望が、哀切と輝きをもって心を打つ。










「PPKのすすめ 元気に生き抜き、病まずに死ぬ」
著者:水野肇・青山英康編著
発行:紀伊国屋書店
定価:1800円 ISBN4-314-00824-5 COO36
要約と抜粋:長野県は男性の平均寿命が日本一、女性が第四位であり、70歳以上の一人当たり老人医療費も日本一低い。いちばん多い北海道の約半分であり、全国平均より20万円も安い。その上平均在院日数も日本で一番短く、在宅介護率も高い。平均寿命は長いのだが、100歳老人はそんなに多くなく、適当なところまで健康に生きて、誰かにたいして迷惑をかけることなく、コロッと死んでいくということになる。つまりPPKピンピンコロリなわけである。国の保険行政にとって、こんなに御しやすく、手間のかからない県は稀有なことであろう。もしも全国の老人医療費が長野県並になれば、二兆円以上の節約になるだろうと言われています。国民健康保険中央会では、長野県の老人医療費がなぜ安く済んでいる理由を調査し、在宅医療支援体制の充実、持ち家比率の高さ、離婚率の低さ、活発な保険活動、しっかりとした生きがいなどに、その根拠を求めました。

この他のファクターとして、長野県人の持つ臆病なまでの真面目さを挙げたいと思います。取り敢えず、お上から言われたことに対しては、過剰なまでに服従し、自己規制を行なってまでも、その意に従おうとする風土です。かつて国策に従い、満蒙開拓団に信州から幾多の家族が参加した結果、不本意に異国の地に散っていった歴史を思い出します。将来の長野県人がずっとPPKで生き抜けるかは、甚だ疑わしいのが現状です。家族や地域社会の構造変化は、容赦なく信州にも及んでいます。










「強制された健康 日本ファシズム下の生命と身体」
著者:藤野豊
発行:吉川弘文館 歴史文化ライブラリー100
定価:1700円 ISBN4-642-055500-2 CO320
要約と抜粋:1938年(昭和13年)1月1日陸軍省と内務省の激しい主導権争いの後に、厚生省が誕生しました。「厚生」とは、中国の古典『書経』のなかの「正徳利用厚生惟和」から選ばれ、「健康を維持または増進して、生活をゆたかにすること」だそうです。伝染病の予防、国民体力の強化、人口増殖に主眼が置かれ、健民健兵の創出を果たす目的で造られました。「各人の体力増進は単に一身の幸福であるのみならず、一家の繁栄、一国の隆昌を招来する。国家の為に鍛錬、強化し、以って健康報国の信念を保持することが肝要である。」現在の厚生行政はこの当時の価値基準とは異なっているのでしょうか?かつて、どうしても「人的資源」とはなり得ないと見なされた人々、精神障害者、知的障害者、ハンセン氏病者は「非国民」として扱われました。その結果、1907年に公布された「癩予防に関する件」により、ハンセン氏病者に対して国策として隔離政策が開始されました。当初は巷間を放浪する病者のみが対象でしたが、1931年の「癩予防法」で、すべてのハンセン氏病者が対象となり、断種手術も行なわれた。反抗する患者は「特別病室」に閉じ込められ、暖房設備のない監獄に何ヶ月も監禁され92名中22名が死亡しています。1953年改正された「らい予防法」でも、隔離強化が図られ、1996年まで、この恥ずべき悪法は存続しました。1998年13名の入所者が隔離政策に対する国家賠償請求を起し、過日、小泉首相が、控訴を断念し、ハンセン氏病患者に過去の政策の誤りを謝罪しました。ファシズムの時代には「聖戦完遂」、戦後は「公共の福祉」という名の下に、国家は個々の人間の生命や肉体を統制しようとする。こうした国家の政策との対決なしに人権などというものは存在しないのではないか。










詩集 「青い帽子」
著者:塚田秀美
発行:行路社
定価:2000円
抜粋:『山頂に謳う』より
豪雨の後の
滴る群青の天に
からりと夏はやってくる

谷間から切れ間なくわき上がる雲
もくもくと変形し続け
母雲から離れる時の捉えがたい刹那
噴きあがる風の痛さにつきとばされる
あの不透明な中にひそむ
弾(う)つ弦(いと)をはずした時間の中の者たち

やがて
雲の切れ間から現れる
濡れ這松の緑の新しさ
森林限界のその先に
黙々と山頂に向かう人の列がある

乗鞍岳山頂
遥か稜線は下に
青い天の下の無言の大地
その岩肌にどれだけの苦痛を閉じ込めてか

心の山頂にとどくには乏しすぎる日々の
山はこれほどに稔り心に深く根づき
人々は黙す
畏敬をこめて捧げる群青の祈り

ああ
熟していく天地の絶唱