■ 今月のちょっといい本
「定常型社会 新しい「豊かさ」の構想」
著者:広井良典
発行:岩波書店
定価:700円 ISBN4-00-430733-3 CO236
筆者は『日本の社会保障』を著した医療経済・社会保障論の専門家で、現在千葉大学、法経学部助教授。『進行する少子高齢化社会においては、「すべての問題は経済の持続的拡大が解決してくれる。」という従来型のケインズ的政策は、無効になった。ヨーロッパでは「ケインズ政策」は、そのまま社会保障や福祉国家の問題であったのに対し、日本においては、「ケインズ政策すなわち公共事業」という図式が暗黙の内、了解され続けてきた。』公共事業により、新たな需要を喚起し、消費の拡大を図る時代が、戦後50年間続いてきたが、もはや『経済(成長)の最終的な源泉である「需要」ないし「消費」が次第に成熟・飽和してくる中で、ケインズ的な「総需要創出政策」が以前のように機能しなくなった』。『日本の社会保障の特徴は、1.社会保障給付費が多くの先進国に比べなお相当に低い水準にある。対GDP比率はスェーデン38.5%、フランス27.9%、ドイツ25.3%、イギリス21.1%、アメリカ15.0%に比べ、日本は11.9%にすぎない。 2.社会保障全体に占める「年金」の比重が先進諸国の中でもっとも大きく、逆に「失業」関連給付、「子供」関連給付の比重が際立って低い。 3.社会保障の枠組みの中に相当額の税が部分的に投入されている。』とし、日本の医療費の水準が国際的に見て低いものであることを指摘しています。従来日本における低い社会保障を可能にしてきた要因としての「インフォーマルな社会保障」である「カイシャ」と「核家族」というふたつのコミュニティーは、もはや稀薄化しています。筆者はこれからの社会保障の方向として、『1.医療・福祉重点型の社会保障 2.個人のライフサイクルを座標軸とする社会保障』という二つの基本的な方向を示しています。また、今後の社会保障の財源としては、『消費税→相続税→環境税』を挙げています。今後あるべき日本の在り方として『定常国家、つまり持続可能な福祉国家、福祉社会』を提唱しています。また地球規模的にも『21世紀後半に向けて世界は高齢化が進み、人口や資源消費も均衡化するような、ある定常点に向かいつつあるし、またそうならなければ持続可能ではない。』としています。『社会保障制度を通じたセーフティー・ネットの整備は「個人による新しい事業の創造や創発的な活動の試み」と「マクロの消費量が成熟化ないし定常化に向かう社会」の両者を両立させる鍵である。』もはや社会保障を、経済の拡大再生産を阻害する要因としてしか見ない時代は過ぎ去った。持続的な拡大政策では、地球環境の制約からも、その破綻は最初から約束されています。「成長」に変る価値の追求により、より本質的に自由で創造性に満ちた、低環境負荷型の社会を考えるべきではないか。その時社会福祉は、定常型社会を支える必要不可欠の積極的な政策となります。医療関係者必読の書。










「山の郵便配達」POSTMEN IN THE MOUNTAINS
著者:彭見明(ボン・チェン・ミン / Peng Jianming)
発行:集英社
定価:1600円 ISBN4-08-773343-2 COO97
映画「山の郵便配達」の原作を含む短編集。淡々した筆致で描かれる中国人民の人生観。生身の隣国国民が何を感じ、何に涙し、何に幸福を見出すのか?懸命に生きる姿を、肌身で感じることができるのが文学の力です。描かれる世界は、すでに日本が失った家族構造、懐かしい風景、素朴な幸福と情愛であり、中国がこれから間違いなく物心両面で、日本が辿ってきた道を追いかけてくることをはっきりと示しています。NHKがかつて製作した「シルクロード」シリーズのような雰囲気の世界が、一種の大人の童話として取り扱われています。表題作は、毎日、二本の足だけで、険しい荒野や山地を、三日で100kmも歩きとおし、僻地の村々に郵便物を集配する老郵便配員が、身体が衰えて、仕事を息子に引き継ぐ話です。

『おまえが歩くこの道は、二百里(百キロ。中国の1里は0.5km)ばかりある。途中で二泊しなければならないから、三日がかりだ。一日目の今日は八十里の山道を登らなければならない。天車嶺(ティエンチョーリン)を越えると、そこが望風坑(ワンフォンケン)。九斗瀧(ジウトウロン)を過ぎたら、すぐに寒婆拗(ハンポーアオ)をよじ登る。猫公嘴(マオコンズイ)を下ってしまい、薄荷沖(パオフォーチュン)で中食。それからまた揺掌山(ヤオジャンシャン)を越えて、夜は葛藤坪(グートンピン)に宿泊。この一日が一番くたびれ、一番辛い。だから早起きをする。必死に歩かなければ、日のあるうちに宿につけない。』自分の仕事に誇りと愛着を持ち、上司からの昇進の話も断って、黙々と人生を報われることの少ない過酷な労働に捧げる。中国でも庶民の気持ちは同じなのだと感じました。










「ヒトゲノム・ワールド」生命の神秘からゲノム・ビジネスまで
著者:清水信義(慶応義塾大学医学部教授)
発行:PHP研究所
定価:1500円 ISBN4-569-61558-9 COO40
筆者は慶応義塾大学K2タウンキャンパス・ライフサイエンスセンター長。ヒト二二番染色体の解読に携わる。これからの医療の動向を語るのに、いわゆるゲノム・ビジネスを欠かすことはできません。DNA診断、出生前診断、遺伝子情報とプライバシー保護、遺伝子治療、ゲノム創薬、遺伝子組替え食品、遺伝子資源、アクアゲノム、人間改造、再生医療、SNP(一塩基置換)、オーダーメイド医療からヒトの進化に至るまで、現在のゲノム・ビジネスの現状を、その光と影を網羅して、平明に記述しています。今、医学の最先端で何が起こっているのか、知るのに最適の本。アメリカ人と結婚した娘の話題など、いささか筆者のプライベートな話題に振れる部分があるのもご愛嬌。『SNPを活用するオーダーメイド医療は期待されているが、三百万箇所のSNPを調べるには、3億円かかる。その検査料が30万円くらいになるのは今から20年も先であろう。』道は遥かに遠い。どんな医療技術も、インキュベーターの中から拾われてから、万人が使用可能な状態に洗練されるまでには、大変な工程を必要とします。190億円かかったH-2ロケットを85億円のH-2Aに改良するためには、構造の簡素化、部品点数の削減、溶接箇所の削減、システム工学の見なおしなど、現実の壁に繰り返しぶつけては壊し、組みなおす作業が必要でした。先端医学技術を開発することと、同じ位重要な意義を、コストパフォーマンス向上技術と社会性評価技術が握っています。どんなすばらしい技術も、万人が安全にアクセスできなければ無意味です。これら先端医療は個人の人生の質を変えるのみでなく、人類という種の命運を変えてしまう可能性を持っています。果たしてヒトが神となる時代がくるのでしょうか?そして未知の力を有するその神は、果たしてこの宇宙に存在を許される神でしょうか?










「十二番目の天使」The Twelfth Angel
著者:オグ・マンディーノ(Og Mandino) / 坂本貢訳
発行:求龍堂
定価:1200円 ISBN4-7630-0106-X COO97
物語にはひたすら泣かせるツボというものがあります。マンディーノはそのツボを心憎いまでに知り尽くした職人と言えるでしょう。干からびた涙腺と涙嚢を持つあなたも、心配ありません。本書で健気で勇敢なティモシーに会えば、突発性流涙症にかかってしまうでしょう。事故で妻子を無くした失意の主人公が、少年野球の監督を引き受け、生きる意味を取り戻します。『優れたリーダーとなるための資質は、どうやら、どんな分野においても共通であるようだ。思いやりを忘れず、人々を理解することに努め、自ら良い手本を示し、協力とチームワークを旨とし、共通の目標に向かい、人々を激励し、賞賛し、常に自らも進歩を目指す。』アメリカ人がベースボールに抱く夢と哲学が満ち溢れています。思いっきり泣いた後の、心地よいカタルシスを感じたい人には必読。読後3時間くらいは妙に周囲の人に優しくなれます。やはり愛がすべてですね。よけいなことですが、作品中には有色人種が一人も出てきません。嫌いなのでしょうか?