■ 今月の推薦盤 [JAZZ]
Naoko Terai/Thinking of You
コンコード・フォー・アプレミディ・グラン・クリュ
最近、美貌と才能を両立させた女流プレイヤーの輩出が続いています。寺井尚子氏も恵まれた環境から生まれた演奏者であり、そのプロフィールによれば、4歳よりヴァイオリンを始め、'86年にジャズ・ヴァイオリニストとしてプロ・デビューされ、リー・リトナー(g)、リシャール・ガリアーノ(accd)等数多くの一流アーティストに認められ、'98年、初のリーダー・アルバム「Thinking of You」をビデオアーツ・ミュージックよりリリース、翌'99年には、セカンド・アルバム「Pure Moment」を、'00年には、海外録音アルバム「Princess T」をリリースしたとあり、染みひとつ無い経歴を誇ります。豊かなクラシックの素養から生まれる力強くも、華麗な奏法は万人に訴えるものでしょう。クラシックからジャズへの転向は、14歳のときに腱鞘炎にかかり、練習を休まなければならなくなったとき、偶然聞いたビル・エバンスのワルツ・フォー・デビーがきっかけになったそうです。不謹慎ですが、このときの腱鞘炎アクシデントをジャズファンは密かに喜ぶべきでしょう。

本アルバムは「ストールン・モーメンツ」「ストレート・ノー・チェイサー」などのスタンダードナンバーの他に、「ダダ」「ハイウェイ・アット・ミッドナイト」「シンキング・オブ・ユー」などのオリジナルが含まれています。演奏はきれいで正確、文句を言うところは別にありません。でもただ演奏技法がうまければジャズが走るかというと、そんなことはありません。ジャズにはジャズの体臭が必要で、きれいなだけならイージー・リスニングでもやってなさいというわけで、挫折と苦悩、不条理と虚無がジャズの立ち続けてきた大地で、そこから押さえつけても漏れ出てしまう悔恨と不安のうめきが魂を揺さぶる律動を生み出してきたと原理主義者たちは主張します。傷ひとつない経歴を送ってきても、人には老いや病や愛する者との別離など、避けることのできない四苦八苦があります。そのような試練を演奏者が経て、人の持つ本来的な苦悩と愛の体験が演奏に溶け込んだとき、より一層聞く者に深い感動を与える歴史的なジャズプレーヤーに脱皮できるものと感じます。

VACV-1031 ONE VOICE