Weekly Objection(更新日:2006/01/05)
--- 2006年新春のご挨拶 ---

当ホームページを訪問していただいた皆様に謹んで新年のご挨拶を申し上げます。

特に長野県歯科医師会会員の諸兄には、過去6年間に亘り、県歯事業に深いご理解と関心をいただき、様々に支えていただきましたことに対し、心底より御礼を申し述べます。様々の建設的なご提言を頂戴したばかりか、時には励まし、時にはありがたいご叱正をいただき、2期6年間、何とか長野県歯科医師会に次世代に耐えうる機構と理念を構築できたとすれば、すべて会員の皆様の、この暖かなご支援の賜物と感謝しております。

私が県歯会長職を拝命してから、日々感動致しましたことは、県歯会員には県歯部員諸君を始めとする実に多くの有為の人材が、県下至るところに遍くいるという事実です。本県会員が歯科医療に対して抱く高い倫理性、職業人としての誠実さはもっと評価されて然るべきと常々感じております。一攫千金の勝ち組がスターダムに躍り出たのが、本年の特徴のひとつですが、横行する拝金主義者達の陰で、社会を支える日の当たらない実務を、自らの職業的な良心と誇りに則り、黙々と生きる人たちの倫理によって世の中が成り立っていることを忘れてはなりません。私達は天命のようなものによって、偶さか、歯科医療という立場で、この社会に貢献することが許されているのではないでしょうか。自分の存在に社会的意義があるということは、非常に幸運なことであり、私たちが日々、職業人としてのプライドと理念に従い、経済活動を営むことが、そのまま医療福祉という観点から世の中の人々に貢献することに繋がるという立場をいただいていることに対し、誠にありがたい僥倖だと感じております。望むべくは、なによりもまず患者さんのために、私たちが良心と職業倫理に基づいて行う歯科医療のQualityが、国家財政の理由だけから不可能になることが回避されることです。

折しも、2006年初頭の日本は資産バブルの再現が囁かれる中、社会のネオ階層化が進み、小泉政権はおぼれる者の頭をさらに踏みつけるような政策を選択しています。2000年度から国は国民健康保険の長期滞納者に、医療費全額自己負担を求められる資格証明書を交付することを、市町村に義務付けました。現在、全国で約30万6000世帯が保険証を使えず、自治体間の財政状況によりその数にはかなりの地域差があります。長野県においても人口220万5000人(2005年10月現在)、国保加入者数約43万世帯に対し滞納世帯6400世帯と、2004年度の全国の加入世帯に占める滞納世帯の割合18.8%に比べれば、やや良好ですが、近年徐々に悪化しています。(資料参照)

資料:1 長野県国保加入世帯に対する滞納世帯の割合

国保加入世帯(H17年5月末) … 428,199世帯
滞納世帯(H17年5月末) … 64,475世帯
滞納世帯の割合 … 15.06%

資料:2 最近の長野県における国保加入世帯数の推移(各年度末現在)
H12…371,031世帯 H13…387,859世帯 H14…404,336世帯
H15…417,972世帯 H16…425,547世帯

しかし当県においても国保加入世帯はリストラによる失業者の増加、ニートと呼ばれる無就業若年者の増加により、年々増え続け、また高齢者のいない無収入世帯の割合も上昇し続けています。事業者の中にも収入を生活費に充当するのに精一杯で、とても年々引き上げられる保険料を支払えない事例が増加しています。このような国保滞納者やその家族の中には、窓口での一時的な全額支払い(償還払い)や、1年6ヶ月以上滞納した場合の保険給付額の滞納金充当に対応できずに、進行癌や糖尿病、循環器障害の増悪化により死に至る者が散見されるようになり、日本において国民皆保険制度の根幹はとっくに崩壊を始めていることが明らかになっています。

対GDP比で7%前後の日本の医療費は、世界的に見ても先進国30カ国中で17位(2002年OECD Health dateによる)と決して過剰に高いものではありません。医療現場と患者さんのスパルタ的、献身的努力によって、世界でも有数の平均余命と健康寿命を達成してきました。しかし経済財政諮問会議の奥田碩(ヒロシ)トヨタ自動車会長を始めとする財界陣と、竹中平蔵氏等が唱える市場原理主義信奉者は、財政破綻の責任を一方的に医療・福祉に負わせ、平成18年度診療報酬改定について本体1.36%、薬価等1.8%、合計3.16%と過去最大の引き下げを決行しました。HIV罹患率の増加、患者さんの高齢化、基礎疾患を有する患者さんの高率化、新型インフルエンザ対策など、歯科診療室における安全・感染対策費は年々高騰していますし、良質な歯科医療への国民の要望は高まるばかりです。   旧年中、厚労省の某高官は私たち医療従事者のことを『準公務員』と定義づけましたが、本来『準公務員』は役所や公共機関のパート、つまり非常勤職員を意味します。公務員並みの制約の中で、同等の義務は負わされるが一切の将来の保障はないというのが『準公務員』の意味だと思われます。包括化という手法で、必要な原資は供給せずに義務だけを課せられても、医療の質を保つことは困難であり、今まで医療者の良心にのみ依拠して行われてきた医療のもつ本来的なボランティア的側面も物理的に許されなくなっていきます。

医療費の高騰の主因は、別に我々医療サイドの不正請求にあるわけではなく、日本が子供を生み育てる喜びの見合わない社会になっていること、そのために引き起こされた少子高齢化構造と医療技術の高度化にあります。いわば年々医療費が膨らみ続けるのは日本の人口構造と医療そのものが持つ宿命です。問題は今まで給付されてきたサービスが、職業的良心に従い懸命に使命を果たしてきた医療者に一方的な犠牲を払わせることによっても維持できなくなったこの国の衰退にあります。

確かに国民一人当たりのGDPが上昇すると出生率が低下するのは、先進国の持つ一般的な傾向ですが、少子高齢化の加速度的な進行が現在のままに進行していくことに多くの国民は強い不安と焦燥を感じています。それに対し為政者が十分な説明責任を果たしているとはとても言えません。国立社会保障・人口問題研究所は10年後には人口の25%が65歳以上になると予想しています。しかし直近の出生率低下の状況から考えると、実際にはもっとその予想より早く超高齢化していくものと思われ、少子化は労働人口の不足ばかりでなく、社会全体の更新力の低下を招き、文明の柔軟性、創造性が失われていくものと危惧されます。

このような少子高齢化現象に対して、鬼頭宏上智大学経済学部教授は近著の中で、「人口の停滞はそれぞれの文明システムが完成の域に達して、新しい制度や技術発展がないかぎり生産や人口の飛躍的な量的発展が困難になった時代におきた。…われわれにとっての課題は少子高齢化をどのようにして防ぐか、ということではない。…」として比較文明論的な検討から導き出される日本の課題として、以下の3点を提言されています。

第1 「簡素な豊かさ」の実現 循環型社会の実現により、必要以上の消費をせずに、効率的な資源利用を実現する。

第2 「少子化の受け入れと静止人口の実現」 人口減少社会、超高齢化社会に適合したシステム、ライフ・スタイルの確立

  1. 人口の再配置と地域の再統合
  2. 多様な社会構成員の共存を認める慣用性 性、年齢、障害、国籍、民族の違いによる差別をなくして、それぞれの立場で社会的貢献ができる寛容な社会を形成する。
  3. 長寿社会への制度的改革と意識改革 年齢に縛られない多様な人生の生き方を認める。
  4. 歴史的に行われてきた直系家族システムの見直し。

第3 官民の役割の明確化 21世紀前半は新しい時代に適合するシステムを模索する時期となる。あらゆる可能性が試されなければならない。失敗に対する救済措置が準備されなければならない。法整備、技術開発支援、社会的な基盤整備は官の役割である。

しかしエンジェルプラン等の付け焼刃的な施策を行っても、恐らくは「静止人口」を達成することは困難だと思われます。現在の日本において、子供を育てるための教育のコストはあまりにも高く、農耕社会的システムにおけるような家族内労働力としての多産メリットもありません。少子高齢化社会の加速は日本という枠組みが根本から転換されることがない限り、変えることは不可能です。今私たちにできることは、人間を大切にする、より生きる価値の高い社会を創造することではないでしょうか。その意味で教育と医療の充実は、この国の将来の死命を制する最重要課題だと確信します。

第1に個人の潜在能力を最大限に引き出す多様性を備えた教育システムの構築、社会全体の再教育システムを確立し、産業構造の変化に対応して「やり直しのできる社会」を実現する。

第2に子育てを支援するとともに、高齢者の社会参加を支援し、また病める人の尊厳を守り、安らぎを与える医療。若年時からの予防医学の立場からの生活教育。

関係諸氏にこの両施策の必要性が理解されることを切に望みます。

さて私たち歯科医療関係者をとりまく経済的な状況は厳しさを増すばかりですが、県歯会員の皆様には不要な老婆心ながら敢えて次の2点の厳守をお願いしたい。
  • 医療の質の確保に留意してほしい。
    悪化する経営環境から逃れるために、万が一にも粗悪なまたは違法な歯科材料に手を出さない。医療者の良心に照らして不可欠な治療ステップを省かない。(あれだけ騒がれた姉歯氏設計のマンションやビジネスホテルにおいて、抜いた鉄筋により浮いた不当利益は1棟あたり、たかだか一千数百万円程度と言われています。その後、事業者が甘受しなければならない社会的・刑事的制裁から考えると愚かな行為だったとは思いませんか?)
  • 悪化する経営環境を前にただ立ち竦むのではなく、まず何か行動を起こしてほしい。地域歯科医師会の皆様には会員の新たなチャレンジを支援する体制を構想してほしい。
大きな時代の潮流に棹さそうとしても徒労に終わってしまいます。個人開業医としては無為に恨み辛みを述べるよりも、自らの裁量によって切り抜けていくしかありません。長野県歯科医師会としましては、諸先輩を敬うとともに、挑戦し続ける会員をどこまでもご支援したいと考えております。

最後になりましたが、本年も皆様が益々ご清栄であられることを心より祈念いたしまして新年のご挨拶とさせていただきます。


ISSHI